まつもとゆきひろ×結城浩,Rubyを語る:ITpro

まつもとゆきひろ×結城浩,Rubyを語る:ITpro

とても興味深いお二人の対談を思いがけず目にした。結城さんはプログラミングのことをWeb上で検索していくと何かかしかで行き当たった方。Webサイトが極めて見やすいなー、分かりやすい表現をするな。というのがおぼろげな記憶。そしてMatzさんは今一番話題性の高いRubyという名のコンピュータ言語を作った人で、さぞや国際的でやり手の人かと思いきや全く別。何となく誇りに思える人。「Matzにっき」などはつらつらと眺めることが多い。

同じプログラマーなので、イメージが重なるかといえば何故か私の頭の中でのお二人のイメージは随分と異なり、想像しやすい対談の組み合わせにも関わらず実際の対談が行われたことを知ったときにはちょっと驚いた。興味深く読み進めるとやはりお二人の性格は随分異なることが分かる。お互いに尊重しながら話を進めている。プログラミングはアマチュア、コンピュータ言語そのものへの造詣など全く無い私でも楽しめた。

頭の中で異なっていたイメージはそのまま対談でのお互いの立ち位置としての違いに現れていて納得したが、どうも気持ち悪い部分が残る。それは恐らく、この2人に共通した何かを対談を読む前からずっと感じているのだが、うまく頭の表層に出てこないからである。この2人の共通点は実はクリスチャンであるということがある。対談中「副作用は悪だから(笑)」という下り、実はお互いにキリスト教での「悪」を意識して笑ったのかなぁと思ったりした。

ボストンという場所で多国籍の人々と仕事をするようになって4年弱が経とうとしている。ユダヤ教信者が各分野において統計学的には信じられないほどの成功を納めていること、キリスト教信者にとってキリスト教は生活の一部、体の一部であることなど、同僚の研究者である欧米人とかなり突っ込んだ話をできるようになり、身を持って実感できるようになってきた。現在30代後半の男性日本人に典型的である真面目に宗教を持たない私のような存在にとってキリスト教は最も不思議な宗教の一つである。まつもとさんと結城さんの全くといって良いほどのキャラクターの違い、しかし何かしらの共通部分を感じつつ、それがキリスト教の真面目な信者であることと関係がありそうでそこが明確に見えてこないもどかしさ、そんなことを感じながらこの対談を読み終えた。

自然科学の研究者であり医学という実学に携わり、典型的な日本の教育を受けてきた私は宗教を科学に相対するものとして、はすに構えて見てきたところがあった。ボストンに来て、日本人であることは一つの宗教を持っていることとかなり相似しているのではないかということを実感した後に急に興味を覚えてきた。いつか上記のお二人の共通点と信ずる宗教との間に何らかのかかわりが見えてきたとき、私は小さく自己満足するような気がする。

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