そろそろ感染する癌について一言いっておくか

癌を専門に特に最近は免疫学の側面から研究を続けてきたのでそろそろ一言いっておかねばならないかなと。

半年ほど前のこと、、、

同じ職場で働いている友人の免疫学者H氏
「癌て感染することもあるのですね。免疫の進化は主に細菌とウィルスへの対抗手段として発達し、癌は各個体で終わるから進化の淘汰圧にはならないという考え方は改めないといけないかも知れませんね。」

私「あ゛っ?」「(3秒ほど考えた後で)いや無いと思うよ、マジで。ありえない。まず、どうやってアロのバリアーを先ずクリアーするんだ?ソースは?怪しげなネットじゃなくて?とりあえずリンク送って」
(心の中で)「H氏確かに癌は非専門だけど、免疫は俺より良く知ってるし、マジ優秀なのに何言ってるんだ?無いだろ普通」

H氏「http://ghop.exblog.jp/4115367/ とりあえずこれを。」

私「やっぱりブログか、ん、しかしソースのリンクが張られているぞ、感心感心。Natureの方をクリック、、、って、リンク先切れてるし、、(日本国内からのみ有効なURLの様子)」

気を取り直してURLをいじって記事にアクセスし、ザクッと読んで見た http://www.nature.com/nature/journal/v443/n7107/full/443035a.html

私の直感は間違っていると同時に合っていた。そこにはいつもながらの「言葉」のトリックが。言葉は神であると同時に罪作りでもある。

私のEmailでのH氏への返答(2008.2.14)

「ザクッと読んだけど、本当みたいだね。しかし染色体が正常78個の染色体が58-59個になっているって、それはもう癌というよりも別生物だね、自分の感覚では。染色体分析は白血病・リンパ腫では固形癌と違ってルーチンの検査で出すのだけど、1個でも染色体欠失があるのは珍しいほう。2個欠失は本当に稀。

アロの個体同士だって99.9%ゲノムレベルでは同じだし、癌だって90%以上ゲノムレベルではホストと同一というのが何となくの感覚。だからこそホストの免疫が見逃した奴をアロが叩ける。しかし、20個染色体が平均して無くなっているって、何それの世界。アロもMHCもへったくれもないね、こりゃ。犬の免疫系をすり抜けられる犬のゲノム由来の別生物って感じかな感覚としては。

全ての犬に対してFull AlloとXenoの間のような存在だね。それこそXeno Toleranceの良い研究の系になるのでは?犬以外の種にも感染するのかな?人にはあったら、何らかのきっかけでとっくに見つかっている気がするので、多分無いと思うが。それから、この手の癌(生物?)からの対抗手段として免疫系が発達したってのも、にわかには??動物界に属する生き物で、この手の生命体の存在がどのくらい一般的なのかで大体の全体像は掴めると思う。

いやでも全く僕の知らない知見で面白いことは確か。ありがとう。」

以上は送ったまんま。別にこの話題は放置しておいのたが、今日気になるエントリ
http://blackshadow.seesaa.net/article/103592445.html
を読んでしまったので記事にした次第。

今朝の私
「進化論に関して誰か知らないがメディアに露出している怪しげな輩を叩いているらしい、感心感心、、、ってこの人も感染する癌とかエントリー書いていて、、(読んでみた)、、んー しかし感染する癌っていう表題、誤解招きやすいよなぁ。一言言っておくか」

一言言っておき、防がなければいけない風評は下記のような会話

(主婦)「Aさん癌になったんですってねぇ、大変だからお手伝いしようかと」
(知ったかぶり輩)「でも犬では癌が感染することありますから、人でも無いとは言えないかもしれません。止めておいたほうが良いのでは」

無いです。人の癌自体は感染しません。このエントリーで言いたいのはそれだけです。
その理由はH氏の返答に要約されています。

これらの一連の知見で一番罪作りなのは、この「感染する主体」に対して「癌」という言葉を使ったことです。他に良い言葉は無いですし、仕方無いのですが、私たち医師、医学研究者が人の癌と呼んでいるものからするとかけ離れたものになります。この「感染する主体」は犬のゲノム由来の新たな生き物(別種)として紹介された方が混乱が無かったようにも思います。このあたりは対象と言葉が一対一対応しないことの限界ですね。

このエントリー、特にH氏の返答部分については免疫学のベースがなるべく無くても分かるように質問に応じて説明を付け加えて分かりやすくしていこうと思います。先ずは書きそびれないように勢いのみで記載しておきます。

「そろそろ感染する癌について一言いっておくか」への9件のフィードバック

  1. トラックバックありがとうございました。私のブログのNatureのリンク先は有効なのですが、そちらからは見れないのですかね。危惧されている点は考えたこともありませんでしたが、そういう勘違いに基づいた偏見が発生することは避けなければなりません。進化的にはヒトで絶対に起こらないとは言えませんが、そういう風に書くと「じゃあ感染する可能性がゼロではないじゃないか」と考える人もいそうです。難しいですが私のブログのほうにもヒトでは感染するがんは知られていない旨を明記しておこうと思います。

  2. g-hopさん、コメント有難うございます。URL的には合っていそうなので、このリンク先は想像するに日本語のAbstractにつながっているのかと。Natureのサイト側の問題ですね、恐らく。同じURLでアクセス元がどの国かでPageを割振っているのだと思います。英文サイトのNews & ViewsにはAbstractは存在しないのです。

    進化的に起きる可能性については上記に私は「動物界に属する生き物で、この手の生命体の存在がどのくらい一般的なのかで大体の全体像は掴めると思う。」と記載しています。動物界としたのはちと広すぎたと思いますので、脊椎動物門あるいは哺乳網(哺乳類)の中でどのくらいこの手の「感染する主体(癌?)」の存在が認められているかというと今のところ犬とタスマニアデビルだけのようです。どの程度、広範囲に調べたのか分母が不明なので、感覚的な話になりますが実験動物、家畜類、ペットに属する動物ではもし存在したら知られているでしょうから、かなり少ない存在であると推測されます。2億年以上の哺乳類の進化の結果がこれですから、よって進化的にも人に今後千年ぐらいの間に起き得る可能性は極めて低いと感じています。

    また、人では感染する癌は知られていないというより、存在しないと断言できます。これほど死因、死に至る過程(病気)を何百年も調べた種はありませんから。既存の癌の分類から大きく外れた癌がたった1例でも見つかったら、とっくの昔に学会で大騒ぎになっているでしょう。

  3. レフさん、コメントありがとうございます。子宮頸癌は感染しません。但し、HPVというウィルスは感染します。Aさんの子宮頸癌がBさんの体内に入ったとしても100%その癌細胞は破壊されてしまいます(一卵性双生児間を除く)。但しAさんのウィルスがBさんの体内に入った場合はウィルスは生き残り、そのウィルスが感染したBさんの細胞が癌化する可能性はあります。人から人へ感染するウィルス自体が癌化の原因になりうる物は多く知られています。

    癌化ウィルスが感染すると種々の理由でゲノムDNAが変異を起こし、感染した正常細胞が癌化する可能性が出てきます。但し、それは数塩基の変異であることが多く、染色体検査でも分からないものが多いくらいです。染色体レベルで分かる変異でも2染色体以上に顕微鏡レベルで異常が認められる癌細胞は稀です。人では48本の染色体がありますが、それ以上変異が起きると細胞そのものがその個体内で生きていけなくなるからです。

    ここにレポートされている「感染する主体」は20本の染色体、何と約25%の染色体が欠落していると書かれています。少なくとも我々哺乳類が必要としている数万個の遺伝子全体の約1/4を失っていることは確定的で、残っている約75%の染色体も元となった犬、或いはタスマニアデビルのゲノムからすれば滅茶苦茶な変異が起きていることは想像に難くありません。こんな細胞が生体内で継続して存在してきたこと自体は本当に驚嘆です。最初のきっかけはウィルス感染だったかも知れませんが、ウィルス感染が一個体の中で引き起こすゲノムDNAの変異のレベルをはるかに超えた異常がこの「感染する主体」には認められています。

  4. ヒトではないと考えた方が良いでしょうね。ただ、性格上存在しないと断言はできないだけで、toshさんと考えは一緒です。ところでハムスターでも同様の疑いのあるケースが知られています。トラックバックさせていただきますのでご覧ください。

  5. ズブの素人ですが、大変興味深いお話です。5000年とかすると、人間にも起こりえるかもしれませんか? 進化と関係があるのですか。何万年かすると、様々な癌細胞による試行錯誤の結果の、新種の人間が生まれるかもしれない??

  6. まず5000年という単位はヒトという種の進化を語るには短かすぎる時間に思えます。ヒトが辿ってきた進化の歴史で目に見える変化は最低数万年の単位はかかっているように思えます。初期の人類、猿人は数百万年前の話ですし、ホモ・サピエンスに属し洞窟壁画や彫刻を残し骨格的にはヨーロッパ人にとても似ているといわれているクロマニヨン人でさえ数万年前の話です。ヒトにこれが起きる可能性についてですが、統計が取れるだけの根拠を私は持たないので、お答えのしようが無いです。しかし、傍証からの直感としては今後数万年~数百万年経ったとしても、この手の癌ができる可能性は少ないのではないかと思います。哺乳類に属する全ての種は過去2億年の歴史を持つ進化の過程上に今もありますが、現状でこのような癌を持つ種が哺乳類の中では割合がかなり少なそうだからというのがその根拠です。可能性がゼロではないという反論に関しては宇宙人が存在する可能性もゼロではないという類と同じ議論になるかと思います。医学がこれほどまで行き届いている現代人においてその予兆はゼロであるということしか言えません。「何万年かすると、様々な癌細胞による試行錯誤の結果の、新種の人間が生まれるかもしれない??」。この辺りの感覚についてはリチャード・ドーキンスの利己的な遺伝子古本)を読むことを是非お勧めします。癌や種自体が行為や進化の主体と考えることが一般的ですが、実はそのように思考することはなかなか困難なことです。また試行錯誤という言葉には意図を感じますが、この表現にも温度差を感じます。意図せず、種としてのヒトは常に変化しています。それを「進化」と呼ぶか、「新種」と名づけるかどうかは、それが区別できるほど違っているかという命名学上の問題に過ぎません。私の専門分野において現代でも分かりやすい局所進化の例としてはマラリアに対応するために起きたと考えられる鎌形赤血球症などがあります。ただ、この人たちを新種とは私たちは呼びません。呼ぶだけの大きな違いが無いだろうというだけの話です。お答えになっていれば良いのですが。

  7. お答えいただいて大変嬉しいです。何千年でなく、何十万年、何千万年で考えねばならないのですね。全部は理解できないですが、ご紹介頂いた本も読んでみます。まずは理解すべきポイントは、『感染する癌』は何十万年くらいは人間には起きない、けれど、ヒトという種も常に変化している(局所進化はある)、というところで合っているでしょうか。局所進化、ということも、大変興味深いです。

    まずは知っている限りの人間、数千年前の古文書などで知る人たちだけでなく数万年前に洞窟に壁画を描いていた人々まで、私達と同じような癌にかかっていたのでしょうね。私達も生活習慣の変化から、かかり易い癌が変わってきていると言われますが、そういう変化はあっても、当面、癌の基本的な性質は変わらないと考えられるのですね。

    まだまだ分からない部分が多いですが、今後の記事でご説明いただけるかもしれません、楽しみにしています。

  8. 以前、実験用の癌細胞を誤って自分に注入し、感染してしまった研究者がいるという噂を聞いたことがあります。絨毛癌?だったかと記憶しています。絨毛細胞由来の癌なら免疫を逃れても不思議はないのかなと単純に納得してしまったのですが、専門家から見てありえる話でしょうか?犬の感染性癌細胞もこういった癌が由来なのかなと想像していたもので。
    あと、犬の癌で染色体数が少ないのは、いくつかの染色体が欠失しているというわけではなく、融合して大きな染色体になっている為のようです。さすがに25%の遺伝子を欠損したら細胞は生きていけないでしょう。

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