福島第一原子力発電所事故

福島原発事故について恐らく皆知りたいことは放射線をどのくらい浴びると何が起きるのか。病気になるのはどのレベルか、死ぬのはどのレベルか。

血液内科医として骨髄移植、つまり放射線を治療として使っていた者として知る限りの情報を提供したい。

まず単位
http://ja.wikipedia.org/wiki/放射線
http://ja.wikipedia.org/wiki/シーベルト
1 Svが約1 Gyであることを押さえればOK。また中性子線は治療では用いないのが、今回の事故ではありうるのかも知れない。臨界状態でしか生成されないので、問題になるのはγ線と考えればOK。

次に何が起きるのか?
一般的には下記のように書かれているが、これは放射線を受けた後に無治療だった場合の結果。
radiation.jpg

骨髄移植のバイブルである下記の教科書からの抜粋。1 rad = 10 mSv = 10 mGyと考えればOK。
thomas.png

radiation-normal-tissues1.png

まず体の中で一番放射線に弱い部分は骨髄であることがわかる。骨髄(血液をつくる骨の中の赤黒い物)は大体数百 radつまり、数千 mSv = 数Svぐらいから影響を受けていることが分かる。骨髄を含め、血液細胞でももっとも放射線に弱いリンパ球がやられ始めるのが0.2 Svぐらい。これが200 mSvぐらいから人体に影響が出ると言われているもの。

ちなみに骨髄移植では治療として 2 Gy(ミニ移植)〜12 Gy(通常の骨髄移植)を患者さんに照射している。つまり、2,000 mSv 〜12,000 mSvということになる。2 Gyであると自分の血液を作る力は一旦減るが数週間で元に戻る。他人の骨髄を入れるときは元々の骨髄を全滅させるので12,000 mSvという量をかける。この線量をかけると骨髄移植をしないと絶対に血液細胞は元に戻らない。骨髄移植は副作用で命を落とすほどの治療ではあるが、それでも治療に使うぐらいであるから、放射線治療の副作用のみで亡くなることは10%以下である。

ちなみにCTなどの放射線を使った検査を一回受けるだけで7~60 mSvを被爆する。

何となく線量のイメージをもっていただけただろうか。今朝までの放送では1,000μSv/h(毎時千マイクロシーベルト)の計測でどうのこうの、つまり1 mSv/hでなにやら騒いでいたので、数千mSvを治療として使っている側としては少し、大げさではと思っていたが。

しかし本日の11時過ぎに400 mSv/hが計測され、恐らくこの数値は上がる可能性が出てきたのを持って、これは一線を超えてしまったなと思い、このエントリーを書く気になった次第。つまり、そこに1時間立っているだけで、リンパ球が減る、最初の人体への影響がでることが分かる。但し、被曝だけならば5時間(400mSv x 5h = 2,000mSv)立っていたとしても、一番弱い骨髄でさえ自然に元に戻る。

事態を複雑にするのは「内部被曝」の存在。

簡単にいうと治療の場合、放射線を出す放射性物質自体は治療の機械そのものの中に入っていて、放射線だけを患者さんは浴びる。浴び終わってしまえばもう放射線を浴びる可能性は無い。実際の治療は数十分を何日間かに分けて行う。これが外部被曝。

ところがもし放射線を発する放射性物質そのものを鼻から吸い込んだり、口の中に食べ物と一緒に入れてしまったとする。そうすると体の中にいる限り、放射線を浴び続けることになる。30分で切り上げられる治療とは比べ物にならない間、被爆することになり、また積極的に体外にだすことも不可能。

平面密度は長さの二乗に反比例して減少する。単純計算では距離が10倍になれば濃度は1/100になる。そう単純ではないだろうが、いずれにせよ外部被曝を心配しなければならないのは恐らく現場の職員のみ。一般市民として心配しなくていけないのは圧倒的に内部被曝だと思われる。

線量に関しては上記の情報を参考に常識的感覚を養い、心配に必要なレベルの内部被曝に対してのみ敏感になれば良いかと思う。

今、願うのは
マスコミが恐怖心を煽る情報を流さないこと
専門家が発信すること
現場の命を賭して働いている職員が無事であること
である。

そして何より都内とそれ以西に住む人々は東北にゆくべき(水、食料品、電池、ガソリン)生活必要物資を「今」購入したりする「恥」を行わず、黙って献血と一息ついた時点での募金活動に集中すべきだと思われる。

【以下3月16日 追記】

妊婦さんに関しての質問を受けました。大切な点ですので本文に追記致します。

http://ja.wikipedia.org/wiki/放射線障害
この記載は正しいと思います。妊婦さんの中にいる胎児は16週令ぐらいまでは放射線への影響で奇形を起こす可能性があるので、医療の現場でもCTはおろかX線撮影も妊娠初期はなるべく避けることになっています。それでも100 mGy (≒ 100 mSv)までは大丈夫とされています。妊娠超初期(4週令ぐらいまで)では流産の可能性があります。よって妊娠の可能性のある方はそれ以外の方よりも慎重に行動すべきと思います。

ご質問の1才児に関しては大人と同じか、組織障害に対する耐性は大人よりも高いぐらいなので、急性障害については心配ないと思います。但し、数ヶ月から数十年後に起きる晩発障害としての癌ですが、若ければその先の寿命が長いわけで癌になる確率が高くなります。

晩発障害としての癌の発症については触れませんでしたが、100 mSv以下では癌の発症のリスクが上がるかどうかはっきり分かっていません。また100 mSvでも癌化の危険性が1%上がるのみです。1/3の人が癌になるとしても33%→34%になるだけで統計学的に上がるだけで実際には他の「運」の方が余程、その個人の人生には影響をあたえることになります。

嬉しいことに白血病やリンパ腫治療の際にお世話になっていた、東京大学医学部附属病院の中川 恵一先生(放射線科准教授 放射線治療の専門家です)がtwitterを開始しました。信頼できるソースとしてご利用下さい。
東大病院放射線治療チーム

簡易換算表:
1 Sv ≒ 1 Gy
1 Sv = 1,000 mSv = 1,000,000 μSv = 1,000,000,000 nSv
1 Gy = 1,000 mGy = 1,000,000 μGy = 1,000,000,000 nGy

【以下3月18日 追記】

MIT(マサチューセッツ工科大学)は理工学部系では世界のトップ大学と言っても過言ではない。この大学の原子力理工学部が今回の事故について解説している。
MIT NSE Nuclear Information Hub

素晴らしいことにGoogle Docsを使って素早く共同翻訳する作業が加藤 淳さんを中心になされており日本語で読むことが出来ます。

信頼できる情報源として御紹介致します。

「福島第一原子力発電所事故」への18件のフィードバック

  1. ユーストのTLでこちらを知りました。
    東京や茨城に住む友人などにも知らせたいので、ミクシの方で転載させていただいてもよろしいでしょうか。(個人レベルの日記ですが)
    よろしくお願いいたします。

  2. 東京在住の友人が再生不良性貧血を患っています。福島原発の放射能流出問題において,現段階の量では,影響はないのでしょうか?

  3. 内部被曝に注意しろと書いていますがnGy/hぐらいになったら注意しはじめればいいのでしょうか?
    また、テレビでよくこのぐらいでは安全と言っているのは内部被曝を含めて安全なんでしょうか?

  4. モッタンさん。現段階の東京の量では全く問題ありません。

    itさん。1 nGy/hは0.001 μGy/hです。これはβ/γ線では0.001 μSv/hまたは0.000001 mSv/hと同等です。ものすごく微量であることがわかります。しかも放射性物質は半減期が経つごとに放射線を出す量が半分になります。専門家が安全と言っているのは内部被曝を考慮しての安全性と思われます。単純計算して1年間の被爆量は10 nGy/hの照射量を持つ放射性物質が体内に入り、減衰や排泄がゼロと仮定しても 0.01μSv/h x 24h/day x 365 days ≒ 88 μSvになり、レントゲン検査を年数回受けるのと同じになります。実際にはその場の放射線物質を全部体の中に吸い込むことは不可能ですし、減衰します。

    内部被曝の正確な安全量に関しては私たち血液内科医は分かりません。おそらく放射線治療の専門家である放射線科の医師でも詳しいことを知る人は少ないでしょう。放射線被曝の専門家のみが情報を持っているのではないでしょうか。その方たちが安全と言っている量は安全と考えるのが妥当だと思います。

  5. 妊婦や乳幼児だとどうなのでしょうか?成人より影響を受けそうですが。うちに1歳のチビがいるので少し心配です。

  6. ありがとうございました。早速友人に伝えます。メディアでの情報は曖昧なものが多く,だからどうなるといった報道はなされないため,混乱してしまいます。本当にありがとうございました。

  7. 2001年に白血病を発症し骨髄移植を経験した者です。
    私も斉藤先生と同じように考えていました。メッセージを発信していただき感謝しています。
    僭越ですが、元患者の立場での精神面でのコメントを記させて頂きます。

    世の中は「がんばれ東北」、「被災者の方、大変だけど頑張って」という風潮になっています。
    もちろん励ましはいいことだし悪くないと思う。
    でも僕は移植後の死への恐怖・頭痛・吐き気・下痢・腹痛・精神的孤独・・・そんなどん底の状態で健常者からの「がんばれ」なんて無責任な言葉は苦痛でしかなかった。
    「何を頑張ればいい?」「頑張ってこの状況が改善できるなら方法を教えてくれ!」ぼくはそう思っていました。
    もちろん友人や家族・親戚からの励ましは嬉しかったけれど、結構無理して微笑んでいたのです。
    その時は「いまを耐える」、そして「いまは昔」←(数年後に昔話として誰かに伝える)ばかり考えていました。
    いまを耐えた後、被災者と共にがんばろう、そんな考え方があっても良いかもしれません。
    生きていられるのはドナーさんやドクター・ナースの皆さんを始め、皆さんの協力や想いがあったから。
    もしかして見えない何かによって活かされているのかもしれません。
    アンディ・フグさんや本田美奈子さんは亡くなることでドナーさんの数を増やして下さいました。
    いま生きているぼくたちは募金はもちろんですが「現在を耐えることが未来に繋がる」メッセージを伝えながらあきらめないように助け合うことだと感じています。

  8. 京大原子核の秋吉と申します。

    「簡単にいうと治療の場合、放射能を出す放射性物質自体は治療の機械そのものの中に入っていて、放射能だけを患者さんは浴びる。浴び終わってしまえばもう放射能を浴びる可能性は無い。実際の治療は数十分を何日間かに分けて行う。これが外部被曝。
    ところがもし放射能を発する放射性物質そのものを鼻から吸い込んだり、口の中に食べ物と一緒に入れてしまったとする。そうすると体の中にいる限り、放射能を浴び続けることになる。30分で切り上げられる治療とは比べ物にならない間、被爆することになり、また積極的に体外にだすことも不可能。」

    の部分ですが、「放射線を出す放射性物質」で患者さんが浴びるのは放射線であって放射能では・・・無いですよね?

    mixi では
    http://mixi.jp/neighbor_diary.pl?id=1690626321&owner_id=8261539&direction=prev&new_id=1689915017
    などで情報提供をしております。

    現在私にも分からないのが内部被曝の評価と、子供、胎児への影響でしたが、上記内容とリンクで解決できるかも知れません。

    ありがとうございました。

  9. 秋吉優史さん。コメントありがとうございます。数カ所間違っておりましたので、放射能→放射線に訂正致しました。情報提供ありがとうございます。惜しむらくはSNSの内部での発信と思われます。検索エンジンにひっかからず、mixi入会している人でないと見ることが出来ず、情報到達が数分の一に減ってしまっています。素晴らしい情報と思われますので、是非オープンな場にもお願い出来れば幸いです。齋藤俊樹

  10. どうして理系の人ってこんな薄情な文章が書けるんですか?

    >>100 mSvでも癌化の危険性が1%上がるのみです。1/3の人が癌になるとしても33%→34%になるだけで統計学的に上がるだけで実際には他の「運」の方が余程、その個人の人生には影響をあたえることになります。

    貴方に子供がいるなら真剣に考えてみて下さい。子供への予防接種注射で後遺症が1%発生する注射は医療機関の常識なんですか?私には理解できません。
    貴方の子供に予防接種後に遺症が発症しても、貴方は「運(が悪かった)」なんて言葉で片付けますか?
    貴方が「運」と言って片付けている「1%」は貴方が感じている以上に、非常に大きな数字なんです。

    海外の偉い機関にいる貴方からすれば、1%を0%に減らす努力を必死でしている人達は無駄な事をしている愚か者なんでしょうね。

    貴方のHPはかなりの方々に参考にされてるみたいですが、私には1%を運(が悪かった)と平然と切り捨てる貴方の姿勢が、日本政府と同じく人命軽視の人として、放射線医療の専門用語を羅列しただけの発言程度にしか思えません。

  11. 「人名は大切です」さん、コメントありがとうございます。不快な思いをさせ、申し訳ありません。私には2歳になった幼児も含め3人の子供がおり、プロフィールの欄にあるとおり、現在国内の施設に勤めております。このエントリーを公開するに際し、責任あると考え、公開していなかったプロフィールを開示したのですが、時間がなく既にある英文でのサイトへのリンクとしました。見にくくて申し訳ありません。いずれ和文に書き換えます。

    子供への予防接種注射で後遺症が1%発生する注射は医療機関の常識ではありません。後遺症が出る確率ははるかに低いものになります。現在の日本の予防接種は過去の歴史的経緯から本来受けるべき予防接種さえも義務化されていません。それゆえ私の子供に現在日本で行われている予防接種後に後遺症が発症した場合には「運が悪かった」という言葉で感情を飲み込む所存です。「予防接種が無ければ何万人もの子供の命が失われていた、その子たちの命と引換に自分の子どもは後遺症が出てしまった。運が悪かった。」と自分を納得させます。

    このエントリーは3月15日にアップしました。この時点では1,000倍もの差があるμSvとmSvがごっちゃに報道され、正常時の何倍との情報ぐらいしか無く、皆がどのような感覚で受け止めれば良いのか分からないという状況にありました。そこで線量に関する大体のイメージを持っていただき、マスコミに煽られることを防ぎ、急性期に物資が東北に向かうことを目的とし、このエントリーを公開した次第です。

    残念ながらこの数日後から日本全国で買い占めの報道がされ、非常に歯がゆい思いをしました。恐らくこの買い占めが直接・間接の原因で亡くなった方が少なからずいらっしゃると思います。また次のエントリーにて心配していた風評被害も甚大になっており、既に農家の方の自殺が残念ながら報道されました。リスクは回避する際に他人のリスクを高めている可能性、また自分自身に対しても他のリスクの可能性を高めていることがあるのでバランスを常に考えて欲しいと考えます。

    自分の子供たちには現在国内に流通している食品であれば産地を限らず、少し丁寧に洗うぐらいで食べさせています。また私自身は既に人生の半分を越えていることもあり、妻には東北産の食品があったら私が食べるのでなるべく買うようにして下さいと伝えています。名古屋在住ですが、東京と東京以西であれば同じ態度を取ると思います。

    震災後4日のこの時点ではまた原発事故がどの程度で収束するか全く予想が着かず、速やかに自体が収束すれば現場にいる作業者以外は100mSvはおろか、積算でも1mSvの被曝も受ける可能性も殆ど無い状況でした。残念ながら事態はご存知の通り、長期化しレベル7という甚大なる被害に拡大してしまいました。現状を鑑み、上記エントリーは急性障害についての内容が多く、晩期障害である癌化のリスク上昇について舌足らずな文面になった感があることは否めません。

    1%の癌化上昇をないがしろにするつもりは全くありません。むしろ現在、私たち血液内科医は学会も含め、主に原発作業員の将来の癌化の可能性の為に何ができるかを現在進行形で議論しており、事故直後から行動を起こしております。
    http://www.jshct.com/
    http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110329k0000m040142000c.html
    http://sankei.jp.msn.com/life/news/110415/bdy11041512150003-n1.htm
    http://www.nytimes.com/reuters/2011/04/14/world/asia/international-us-japan-stemcells.html

    私の仕事は白血病・悪性リンパ腫の患者さんの治療することと癌治療の向上を直接の目的とした研究をすることです。癌治療は副作用も多いにも関わらず、助からない方を沢山見てきました。1%でも良いから癌にならない、あるいはなっても助かる方が増えて欲しいと心から思っており、人生の時間の大半を費やしています。

    長くなり失礼しました。時間が経ち補足の意味も込めてご返答させていただきました。

  12.  癌化に特化して文章記載されてますが、他の人的影響には触れられていますか?

     また、府大勤務の教員として、堺市での放射線への影響を矮小化する授業を擁護されていますが、是非ともお話を伺いたい。

     どうぞよろしくお願いします。

     080-6178-6006

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