日本人の知らない環境問題

日本人の知らない環境問題
「地球にやさしい」では世界は救えない (ソフトバンク新書)

大賀 敏子 (著)


特に環境問題に興味があったわけでもなかった。本の題名を見れば固い内容が推測される。

ただ好感の持てるブロガーの友人の著書ということで何気なくポチっといったところ、これが大当たりであった。日本全体を覆うの閉塞感は何とかならないのか、勉強に明け暮れる小学生を見ながら次世代に必要な教育を本当に施しているのだろうかと考えるとき、、、そんな全く関係なさそうなテーマに本書はどんどん絡んでいった。

本丸の環境問題についてはここ名古屋でCOP10なるものが開かれ、当時その意義についてググってみたものの今一つ合点が行かなかったが、この本を読んで非常に良く分かった。

出だしは面白いものの、半分ぐらいまでは環境問題についての歴史と概要が淡々と書かれている。力を抜いて取り敢えず読み進めると、本の真ん中辺りからドンドン面白くなっていく。国連が政治の場としてまたそこで働く著者の実体験として生々しく描写され、最後には魅力的な日本人の紹介と素晴らしいあとがきが待っている。

環境庁勤務後、国連関連機関で働き現職。しかし大賀さんはその固い肩書とは対照的なおおらかな文章の中で、時間的、空間的に遠く大きな視点で物事を捉えているのが分かる。かと言って理想を机上で語るのではなく現実主義者として現場に赴き働き続けている。私は書物を通じて著者の人柄に惹かれたのかも知れない。

★★★★★

p.116 「国連とはコミュニケーションとネゴシエーションとロビーイングの塊だ」先般、とある大学で話をしたとき、一人の女子学生が私の仕事の中身をまとめてこう言ったが、かなり的を射た言い方だと思う。厳正粛々と執り行われる重々しいフォーマルと、ルールも形式もないインフォーマルが巧みに組み合わされて使い分けられる空間を、それぞれの思惑を抱えた世界中の国の代表者が入り乱れる。このなかで事務局は言われたことを淡々と執行するだけのウラカタに徹しながら、交渉の実質的な誘導にも走る。

p.117 美辞麗句の会議ばかり開いていて、国際社会の支援を本当に必要としている人達は置き去りにされているのでは、とよく言われる。しかし、武力を伴わずに国際合意を取り付けるには、会議はいまの国際社会が使えるたった一つの方法だ。そして、いいか悪いかを別として、会議を開くのが国連の仕事なのだ。

p.135 ー 日本人ひとりでケニア北部へ
「マダム、ほんとに行ってきたの?ひょぇーっ、タフだね!」(ケニア人のツアー・ドライバー)
「本当に行ったんですか、一人で?懲罰ものですね」(日本大使館の人)
私がナイロビからトゥルカナ湖畔を経て、八日間かけてケニアの北部地域を一回りしてきたことを伝えたとき、言われた言葉だ。

p.152 ー ケニアのマザー・テレサ
ここで、政府や国連の枠組みを離れ、開発のためにユニークな取り組みをしている個性豊かな二人の日本人を紹介したい。
菊本照子さんは、ナイロビ郊外の孤児院「希望の家(マトマイニ・チルドレンズ・ホーム)」の院長だ。

p.159 菊本さんは、ケニアの子どもたちは目がキラキラかがやいていてかわいい、といった言い方はけっしてしない。そのかわりこういう。「自分の可能性を伸ばすチャンスをつかみたい、そのためには、こわかろうがなんだろうが外に出ていく。それは人間が本来持っているものであり、そのような人間の本質的なものが、ケニアの子どもたちの場合、目に見えるようにはっきりと表れているだけだ」と。

p.161 ー 100万人の父
佐藤芳之さんは、ケニア有数の食品加工会社「ケニア・ナッツ」をつくった人だ。

p.163 ただし佐藤さんは、無理をしてがまんし怒りをこらえているわけではない。何があってもへこたれない、という根性物語とも異なる。肩肘を張らずに機が熟するのを待つ。チャンスが来たら確実にそれをつかむ。問題が次々と起こるからこそ、それを解決しながら進んでいくのがやりがいだ。

p.167 しかし、一般にケニア人は、差し出されたものは喜んで受け入れるだろうが、それは、ありがたい施しをおしいただいて受け取るという受動的なものではないと思う。むしろそれは、自分が生きるうえで役に立つものをつかみ取っていくという能動的な態度だ。まだ取れると思えば感謝するどころかもっと求めるだろうし、求めても与えられないとわかったら、なんとかして奪おうと考えるかもしれない。そのような事態に直面したら、はたして私たちは、小さな優しさだけで太刀打ちできるのだろうか。
 この意味で、「ケニアが好きだから」という漠然とした愛着と、困っている人たちを助けたいというささやかな正義感だけでは、ケニアの大地に根を下ろして何十年も暮らすことはできないと思う。

p.169 ただ、ケニアとかかわって23年になる私はこう思う。そんな日本人のうちわずかでもいいから、心の隅に押し込めてきた好奇心に素直になって、もうちょっと元気を出してみるのも悪くないかもしれない、と考える人がでてくればいい、と。

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「日本人の知らない環境問題」への1件のフィードバック

  1. コメントありがとうございました。閉塞感、勉強にあけくれる子供たち、不機嫌な大人たち、といった言葉で表されるいまの日本に向かって、人々の心にひびくようなメッセージを、もっと発信していきたいと考えます。簡単ではありませんが。よかったらおしゃべりしませんか。著者

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