「万能か全能か、医学と科学」を読んで

柳田先生の発信する内容はいつも感じることが多いのですが、今日はあまりに反応が強かったので散文になりますが書いてみます。

なぜ明快に書けないのか―英語医学・科学論文の診断と治療 (単行本) Lester S. King (著), 助川 尚子 (翻訳), 日野原 重明 (翻訳)
という
Why not say it clearly: A guide to scientific writing (Hardcover) by Leste S King (Author)

の訳本があります。これは科学論文を書く上での手引きとして名著だと思っていますが、絶版のようですね。価格が原著の10倍以上しているのは驚きです。確か、この本の序文に何故医者が科学論文を書くようになったのか、その歴史的経緯とひずみが端的に書かれていたのが強く記憶に残っています。医者らし い医者、医者らしい医学研究をする友人、医学とかなり乖離した研究をする医師免許を持った人々、純粋基礎研究者の友人、医者かつ医学研究者である父を持 ち、自分が現在同じ職についているという環境から、生物学という純粋科学の価値観と医学という実学の価値観に関しては常に関心を持っていました。更に研究 にはお金がかかります。

それゆえこのエントリーには反応してしまったのだと思います。人を幸せにすべく存在する医学、そのための研究であるはずの医学は生物学・分子生物学 と密接に絡み合い、評価の基準は純粋科学の評価基準と実学としての評価基準そしてビジネスとしての評価基準がない交ぜになって混沌としています。頭の良い人、流れに上手く乗ることが出来る人はその混乱の中を泳いでいきます。このあたりの混乱についてはいずれまた書きたいと思いますが、柳田先生のエントリー はそれを分かりやすく表現されています。

反応したもうひとつの理由はStem Cell Biologyでの命名についての常日頃の疑問と柳田先生のコメントが気になったからです。pluripotentは多くの系列に分化可能であるという意 味で多能性と訳され、全ての系列に分化可能という意味ではありません。全ての系列に分化可能という能力についてはtotipotentという別の言葉あ り、日本語訳は全能性です。万能性という言葉に対応する元の英語が何なのか私は知りません。

大切な仕事をした人ほど、正確な命名を心がけ、レベルが落ちる人ほどStem CellやES Cellというインパクトの強い言葉を使いたがる気がします。そういう意味でiPSというのは控えめであると同時に極めて正確な小気味良い命名だと思います。同様の命名にSRC(SCID-repopulating cell/SCIDマウスの中で再度分化・増殖する細胞)という名前を付けたJohn E. Dickという基礎研究者がいます。彼はCancer Stem Cellという今までの常識と逆の概念を初めて世に持ち出し、その後一つの分野を作った現存する偉大な研究者です。その後もStem Cellの基礎的かつ大切なBiologyを研究し続けています。彼はStem Cellという言葉を用いずSRCという言葉を用いました。山中先生と同じ空気を感じます。その後、主に固形臓器におけるStem Cellを見つけたと主張する論文、何に対してもStem Cellと名づけたがる著者達と一線を画します。

ESに関しても同じ事が言えます。私はノックアウトマウスの作成システムを研究室で立ち上げたことがあり、100%キメラでもGermline Transmissionが行かないことを経験し、分化能で最初に落ちるのは生殖細胞への分化能力であるということを身を持って体験しています。それからすると、ヒトES細胞と今呼ばれているものが、ESと呼ばれたその瞬間から「ES細胞」の定義が根本的に変わってしまったと思っています。ES細胞樹立という受精卵の内部細胞塊から樹立したライン由来の個体を作成するという技術はマウスでしか成功していません。大動物はおろか、ラットでさえ試みられては失敗しています。ヒトに関しては倫理的な問題から永遠に不可能でしょう。各臓器へのContributionがあることと一個体を再構成できる totipotentialは別個のものという認識が私の中では強く、ES細胞のみからの個体発生という最大の難関を証明していないいわゆるサルESやヒトESというのは一体何なのだろうと私は思っています。命名は大切です。サルESやヒトESは全ての臓器になりうる(と発現マーカーを持って信じている、信仰、、、)万能細胞かもしれませんが、決して全能性細胞ではありません。

山中先生の最初のCellのペーパーでは多能性、或いは各臓器にContributeできるという万能性が示されただけでした。隅から隅まで読んでもGermline transmission(iPS由来の正常な生殖細胞が作られ、その生殖細胞由来の次世代の個体が作られること)が記載されず、以前に一緒に研究していた友人と「やっぱりGermlineは難しかったんだね、もしこれが行ったら衝撃だよね」と話しているのを覚えています。そして、NatureにてGermlineに乗ったという論文が出されたわけです。これは衝撃でした。というかCancer Stem Cellと同じく、証明されていないが研究者が持っている感覚的な常識を覆したわけです。

「癌はある細胞が一定の段階にあるときに癌化し、その分化段階での形質を癌化後も維持する」という考え方が常識だったときに、シンプルに、正確に「白血病において癌化は幹細胞の段階で起きるが癌化が起きてもなお分化のプログラムを正常に進行しうる。癌の本体は癌全体の1%にも満たない特殊な癌幹細胞にある」ということを示したJohn E. Dick。Nuclear transferを見ても分かるように「Stem Cellの機能は極めて可逆化し辛く、多くの遺伝子による複雑な制御を受けてる」という考え方を皆何となく感じているときに「4個の遺伝子(今では3個)を皮膚の分化済み細胞に入れることにより全能性が得られる」という肌で感じる常識を覆した山中氏。

山中先生の研究がCellのペーパーに論文化される数年前かThe International Society for Stem Cell Research (ISCCR)で超飛び切りの話題になった時から友人と「これもお金になる特許やら実用の面では米国にやられるのでは」と話していました。NatureでGerm Line Transmissionを示す段階で追いつかれました。物凄いスピードです。柳田先生のコメントにもそのあたりを意識したコメントが散見されます。資源の無い日本、世界有数の教育レベルを保ち、頭を使いそれをお金に換える努力が必要です。山中先生の仕事はそこに直結します。その辺りの周辺状況、柳田先生のエントリーを見る限り、今までよりは随分良いようで少し安心した次第です。

日本人などが大切な分野でトップを走り始めたときに、追い上げ抜かして制覇しようとする外国勢特に米国のそれは凄いものがあります。近年では坂口志文先生のregulatory T cellがその良い例です。直接お話したときに「Biologyをやりたかったが、何らかの遺伝子を取らない限り分野そのものを持っていかれてしまう」という話を聞いたときには坂口先生という人は凄いなと思いました。その後、坂口先生はTregにFoxP3ありきを示し、クローニングしたわけではありませんが、その分野の第一人者であることを実力で認めさせたように思います。アメリカの中心であるNIHにいる名前は出しませんが、Tregの第一人者とされている人が以前は出さなかった坂口先生の名前を必ず発表のイントロに入れるようになったそうです。

何でもブームがあります。少し前は遺伝子治療がその名前の下に大きなお金が流れ、現在は再生医療です。結構わけの分からない研究に多くのお金が落ちていると聞きます。遺伝子治療はヒトでの失敗(ベクター由来の癌の発生、遺伝子導入効率のマウスに比べての異様な悪さ)で多くの人が撤退しました。山中研究の面白いところはその基盤に遺伝子操作が必須であるところです。臨床応用という華やかな舞台から、ベクターの作成という極めて地味な所まで、撤退したことにより時流に敏感な多くの人は研究を止めました。ここHarvard界隈でも遺伝子治療の研究室は現在は一つもないと聞きます。ファッションに流されず地道に研究を続けていた人たちに山中先生の発見で陽が再度当たることになるでしょう。これもまた小気味良い気がします。

今後もこの分野は目が話せません。是非全てが良い方向に向かうように願っています。

ドラム

ドラムは皆さん好きですか。私は大好きです。del.icio.usに溜まっていたものを集めてみました。ご堪能あれ。

Do you like drum? I love it. My compilation. Enjoy, -Tosh

Larry Wright #2 – Street Drums – NYC Subway Station, 32 St
So fundamental.

David Haynes playing the drummachine live!
Cool! Isn’t it?

Stevie Wonder – Drum Solo
He’s genious.

G-SHOCK

時計をはめないで過ごすようになってから何年が経つだろうか。無口でひたすら愛情のまなざしを注いでくれた祖父からもらった古いΩを確か高校卒業だったか大学の頃からしていた。良くなくしていた腕時計も全く無くさなくなり、肌身離さず持ち歩いていた。水が入り、日本シーベルトでも幾らかけてもどうにもならないと言われたときはショックだった。それ以来、3,000円ぐらいのCASIOの一番安いデジタル腕時計をしていたが、プラスチックのバンドがちぎれた。確か、機能的には良かったがあたり外れがあり、ボタンが押しにくかったりするのがあった。2回ほど同じものを買ったように思う。

いつの間にか時計をしなくなっていた。祖父からもらった時計の面影を求め、色々Webを漁ってみて、気に入ったのはPaneraiというメーカーの一つのモデルだった。しかし、何十万もする。とても未分不相応でつける気がしない。時計に負けない人物として自信が出たときに買えたら買おうと思っていた。しかも実物を見ていないから気に入るかどうか分からない。そして、時計をはめないでの生活が何年も続いた。10年近くになるのではないだろうか。

それでもWeb上で気になる時計はチェックすることがあり、随分と気に入ったものが出てきた。そうしたら何とミッションインポシブルという映画でトム・クルーズがはめたモデルというではないか。散々探して自分好みのを見つけたと思ったのに、がっかり。オンライン購入も考えたが、それでも気を取り直して2年ぶりの日本一時帰国にあわせて情報をプリントアウトしておいた。

新宿のさくらやウォッチ館はWatch.(ウォッチドット)などという分かりにくいネーミングになっていたが、中身は大して変わらず立っていた。何でも大抵揃っているので便利である。次のアポまで30分強。お目当ての時計目指して直進。見て、腕にはめたときにオンラインで購入しなくて良かったと思った。予想より大きい、青が気になる、液晶がそれ程見やすくないなどなど。ウィンドウに目が行き、若い今風の兄ちゃんに気になったのを出してもらった。チタン製とのことで軽い。盤面もやや小ぶりで落ち着いている。高さも低い。液晶もてらって青色を狙っていないので視野角が広くて断然見やすい。ガンメタルで落ち着いている。機能的には同じであった。15分ほど他のものとも比べて悩んだ挙句、電車の予定がせまっているので時間をロスせず決断できた。丁寧に長さをあわせてくれて、綺麗に包装して両手で紙袋を渡してくれた。アメリカに来ているとこの接客のクォリティは世界一なのではと思うほどであった。

どう自分が判断したかを振り返ると徹底したずぼらから来ていることが分かった。

  • 時間を合わせるのが嫌、というより「狂っているかもしれない」と不安になるのが嫌→電波で合わせてくれる
  • 電池換えをするのが嫌、というより「いつか止まるかもしれない」と不安になるのが嫌→太陽電池で光に当てなくても連続9ヶ月間動作する。要は電池換え不要。
  • 日本から出たときに時差を気にするのが嫌→世界時間が夏時間も含めてデフォルトで設定可。電波での時刻合わせも。ヨーロッパ・アメリカにも対応
  • 時計は貴重品、丁寧に扱わなくては、というより「壊すかもしれない」と不安になるのが嫌→G-SHOCKである。20気圧防水
  • 仕事で時計と別にタイマーを持つのが面倒→タイマー、ストップウォッチが使いやすい
  • 服やTPOに合わせて時計を変えるのが面倒→落ち着いていながらもカジュアルないでたち

要は何にもしなくてもいつも安心して使える時計が欲しかったことが分かった。少々恰好良くても最初のトム・クルーズモデルは大きすぎて重くて液晶が見やすくなかった。今1ヶ月が経とうとしているが、全くもって満足している。これでタイマーにプリセット機能があり、腕を斜めにすると自動的にライトが点灯というモードだと急激に電池が減る(多分夜中つけっぱなしのため。結局この機能は使っていない)、ここボストンだと電波が弱く自動時刻あわせは場所を選ぶ。という点さえクリアーすれば私個人にとっては究極の時計である。しかし、満足感は十分である。この空白の腕時計無しの期間を埋めてくれる存在になりそうである。

「怠慢は発明の母」というが、「ずぼらは機能美の母」なんだなと妙に納得した次第。

※ 最終的に買ったモデル。G-SHOCKのサイト・カタログにはもう見当たらない:GW-810TD-8JF
G-SHOCKオフィシャルサイト

2010.11.12 追記

頻繁に残量低下により液晶が表示されなくなった。CASIOのホームページより見ると「修理内容に関わらず、税込8,400円」。修理内容に関わらずとは!でもコスト削減になっているのでしょう。凄いことを思いつく。で、Web上で登録したら送られてきたパッケージに何も考えずに入れて投函するだけ。5日ほどで戻ってきた。モジュール不良のため交換とのこと。結局、購入後3年4ヶ月ほどでメンテナンスが必要になったが、自分的には御の字である。最近のG-SHOCKはチタン製が高価なので、良い買い物していたなと。さあ、次はいつまで完全メンテナンスフリーでいけるでしょうか。

明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命/ドラッカー

  • p.33 マネジメントが基盤とすべきは、顧客にとっての価値であり、支出配分についての顧客の意思決定である。経営戦略は、ここから出発しなければならない。
  • p.90 行っていることや行っている方法の廃棄は、体系的な作業として行う必要がある。
  • p.92 しかしチェンジ・リーダーたるためには、機会に焦点を合わせなければならない。問題を餓死させ、機会を太らせなければならない
  • p.96 チェンジ・リーダーにとっての三つのタブー
    • 現実と平仄(ひょうそく)の合わないイノベーションを手がけること
    • 真のイノベーションと単なる新奇さを混同すること。イノベーションは価値を生む。
    • 行動と動作を混同すること
  • p.99 したがって、新しいもの、改善したものは、すべて小規模にテストする必要がある。
  • p.141 第四に必要とされる情報は、資金の配分と人材の配置についての情報である
  • p.143 そして、それらの人事の決定がもたらした結果を記録し、注意深く検討していかなければならない。
  • p.148 したがって、まず考えるべきことは、自分が何を必要とするかではない。人は自分に何を求めるかであり、それは誰かである。、、、問題に本当に答えられるのは、自分以外の者である。
  • p.148 仕事に必要な情報のかなりのものは、すでに述べたように、組織の外に求めなければならない。
  • p.152 全員が毎月一回、仕事の場での異常なことや予期せぬことを報告する。
  • p.157 これらはいずれも、個々の知識労働者が、自らがいかなる情報を必要とし、いかなる情報を人に提供する責任があるかを知らなければ不可能である。
  • p.170 まずもって、仕事の質を定義すべき事を意味する。
  • p.186 的確にパイロットを行ってさえいれば、知識労働者の生産性を大幅に向上させることができる。
  • p.187 しかし、この優位性を現実のものに出来るか否かは、先進国、およびその産業、企業が、この100年間における肉体労働の生産性向上に匹敵する速さで、知識労働の生産性を高めうるか否かにかかっている。
  • p.188 まさに、最高の知識労働者を惹きつけ、とどめる能力こそ、最も基礎的な生存の条件となる。
  • p.193 いよいよこの最終章では、働く人たち一人ひとりの問題について述べる。
    • 自分は何か。強みは何か。
    • 自分は所をえているか。
    • 果たすべき貢献は何か。
    • 他との関係において責任は何か。
    • 第二の人生は何か。
  • p.214 問題は何に貢献したいと思うかではない。何に貢献せよと言われたかでもない。何に貢献すべきかである。
  • p.217 貢献のためのプランを明確かつ具体的なものにするためには、長くともせいぜい一年半を対象期間とするのが妥当である。
  • p.217 背伸びをさせるものでなければならない。だが可能でなければならない。さらには、意味のあるもの、世の中を変えるものでなければならない。目に見えるものであって、できるだけ数字で表せるものであってほしい。

プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか/ドラッカー

プロフェッショナルの条件

本書において自分にとって大切だった文章の断片を列挙する。
この断片は記憶したかもしれない内容の検索キーワードとして書き留めたことに留意する。

  • p.29 専門知識の社会において、真に教育ある人間の要件は何かという問題である
  • p.54 「何が目的か。何を実現しようとしているか。なぜそれを行うか」。行う必要のない仕事をやめること
  • p.99 「いつも失敗してきた。だから、もう一度挑戦する必要があった」。完全を求めること。
  • p.103 毎年夏になると、二週間ほど自由な時間をつくり、それまでの一年を反省することにしている。
  • p.105 新しい任務が要求するものについて、徹底的に考え抜くこと
  • p.108 成長と自己変革を続けるために
    • ビジョンを持つこと、ファルスタッフ
    • 神々が見ている。真摯さを重視。誇りを持ち、完全を求めるということ。
    • 日常生活の中に継続学習を組み込んでいること
    • 自らの仕事ぶりの評価を、仕事そのものの中に組み込んでいる
    • 期待をあらかじめ記録し、後日実際の結果と比較している。目的は強みを知ること
    • 先生、上司から新しい仕事が要求するものについて教えられ、実行させられること
    • 全ての前提となる最も重要なこととして、自らの啓発と所属に自らが責任を持つということ
  • p.114 フィードバック分析
  • p.116 自らの学び方についての知識に基づいて行動すること。読む人と聞く人
  • p.118 自らの強み、仕事の仕方、価値観を知り、機会をつかむよう用意したものだけが手にできる。
  • p.126 時間の記録に出てくるすべての仕事について、「まったくしなかったならば、何が起こるか」を考えればよい。
  • p.143 勇気
    • 過去ではなく未来を選ぶこと
    • 問題ではなく機会に焦点を当てること
    • 横並びではなく自らの方向性を持つこと
    • 無難で容易なものではなく、変革をもたらすものに照準を合わせること
  • p.185 リーダーシップを仕事、責任とみること。信頼が得られること。言動の一致。
  • p.196 上司の強みに焦点を合わせる。何をではなく、いかなる順序で提示するかが大切である。
  • p.201 何らかの意味において、トップの座をねらうものでなければならない。 さもなければ競争相手に機会を与えるだけに終わる。
    • 懲りすぎてはならない。大勢いるのは普通の人たちである。
    • 多角化してはならない
    • 現在のためのイノベーションでなければならない。
  • p.222 ポスト資本主義社会においては、多くの人がこの二つの文化の中で生活し、仕事をする。知識人と管理者
  • p.231 フィードバックによって自分は何をうまくやれるか、いかなる能力や知識を必要としているか、いかなる悪癖をもっているかを知ることができる。
  • p.232 第一歩は、行うべき事を決めることである。しかる後に、優先すべきこと、集中すべき事を決めることである。そして、自分の強みを生かすことである。
  • p.234 成長のプロセスを維持していくために強力な手法を三つあげるならば、教えること、移ること、現場に出ることである。
  • p.234 「何によって憶えられたいか」
  • p.246 250万人もの経営管理者や専門家が、インターネットで履歴書を公開し、求人のオファーを求めている

特に今の自分に響いた文章:

  • p.80 成果をあげる人に共通しているのは、自らの能力や存在を成果に結びつけるうえで必要とされる習慣的な力である。
  • p.225 専門知識の所有者たる専門家自らが、自らの知識領域を理解しやすいものにする責任を果たさなければならない。

WordPressにてエラスティックレイアウト

エラスティックレイアウト : WEBデザイン&AJAX

このWeb Siteを参考にデフォルトのwp-content\themes\EasyAll\style.cssをエラスティックレイアウトに変更。行間も少し広くした。変更箇所だけ下記に記す。コメントアウトしてあるところがオリジナル。要は760px→100%にして480pxがコンテンツの幅、200pxがサイドバーの幅になっているので、それを動的に変化させてやる。180pxならば200pxの90%なので90%に変更などなど。Firefoxだとそれなりに見えるようになって満足。

自分としては1400 x 1050, 1280 x 1024, 1024 x 768, 800 x 600のWindowサイズでそれなりに見えれば良いし、フォントの大きさも変えられると嬉しい。フォントの大きさに応じてコンテンツの幅が変わるのは見ていて楽しい。

ところがIEだとうまく表示されず。どこがおかしいのだろうか。どなたか教えてもらえるととても嬉しいのだが。とりあえず30分ぐらいでサクッとここまでで終了しておく。

Next:
del.icio.usのcssを見てみる
相対値が良さそうなものを絶対値より変更
時間があるときに簡単なレイアウトの構成の説明を入れる。
ヘッダーの画像を置換、ヘッダーの縦幅を短く
文字の色を黒に近くする

#rap {
min-width:40em;
max-width:80em;
background: #FFFFFF;
margin: 0 auto 0 auto;
/* width: 760px; */
text-align: left;
border: 1px solid #dcdcdc;
}

#header {
background: url(images/syoi.jpg);
width: 100%;
/* width: 760px; */
height: 160px;
margin: 0;
padding: 0;
text-align: left;
}

#content {
float:left;
width:65%;
margin:0 0 0 4%;
/* position: relative;
left: 30px;
float: left;
*/
padding: 0;
/* width: 480px; */
color: #666666;
}

#content h2 {
border-bottom: 1px solid #6F6F6F;
color: #5F707A;
font-size: 13px;
margin: 20px 0 5px 0;
padding: 0 0 3px 0;
text-align: right;
/* width: 480px; */
width: 100%;
}

#content div.post p, #content div.post li {
/* line-height: 130%; */
line-height: 180%;
}

#menu {
float:right;
width:25%;
margin:0 2% 0 0;
/* clear: right;
float: left;
position: relative;
top: 10px;
left: 70px;
margin: 0 0 10px 0;
width: 200px;
*/
}

#menu ul li p {
font-size: 13px;
/* width: 180px; */
width: 90%;
font-weight: bold;
}

#menu ul li h2 {
border-bottom: 1px solid;
/* width: 180px; */
width: 90%;
font-size: 15px;
font-weight: bold;
margin: 0;
padding: 0;
}

#menu ul li#winamp ul li {
/* width: 180px; */
width: 90%;
}

p.credit {
color: #FFFFFF;
background: #5F707A;
border-top: 1px solid #DFDFDF;
clear: both;
font-size: 12px;
margin: 0 auto 0 auto;
padding: 16px 0 17px 0;
text-align: center;
/* width: 760px; */
width: 100%;
}

#wp-calendar {
/* width: 155px; */
width: 90%;
}

.hl-surround{
-moz-border-radius: 5px;
background-color: #F9FBFC;
border: 1px solid #C3CED9;
padding: 8px;
margin-bottom: 5px;
/* width: 400px; */
width: 83%;
overflow: auto;
text-align: left;
}

Google map URLの簡略化・自作

Google mapのURLを簡略化・自作する

http://maps.google.com/maps?q=from:+40+Edwin+Land+02142+(hotel)+to:+170+gore+02141+(apartment)&t=h

&t=h → これで地図と写真の合成モードで表示してくれる
&z=16 → これで倍率を指示できるが、大抵は適当な大きさになってくれるので指示不要
(hotel) → このように括弧でくくると場所の名前を表示させられる
+ → 空白(スペース)でも良いのだが%20にURLエンコードと見難い。スペースのままだと他のアプリケーションに張り込んだときに一続きのURLと判断されなくなる。なので+でつなげるのがベスト
from:, to: → これでどこからどこまでという指定が出来る。to:は複数記載出来、左から順に経路を辿るようになる。

日本語でも出来るかどうかやってみた。日本の場合は車社会じゃないのでGoogle Transitを利用する
六本木駅から東京タワーまで
http://maps.google.com/transit?q=from:+六本木駅+to:+東京タワー
これでうまく行く様子。

自作してうまく動くことを確認してから最小限にしてemailなどに添付すると見やすく良いのではないでしょうか?転送したときに改行される危険性も低くなるし。

私はそうしています。

Xacti C6, IXY 400 → 800IS, EX-V7?

愛機IXY DIGITAL 400が壊れ、同時にそれまで何ら問題なく数年間使っていたXacti C6が実はピアノの発表会での音割れがひどく使い物にならないことが判明し、次のデジカメを何にしようか数日前からかなり時間をかけている。同じ悩みの人が万一いることを考え公開。

今までは
写真(主に妻が使用):IXY 400
動画(主に私が使用):Xacti C5→Xacti C6
という体制で使用目的の殆どが2人の子供(5歳、2歳)の記録撮影である。

CasioのEX-V7とCanon IXY 800ISのどちらかまで絞れてきた。

全く毛色の違うデジカメである。両者ともSD/SDHCなのは問題なし。値段も2.5-3.4万円と問題なし。

● IXY 400
・1/1.8型CCD(総画素数約410万画)
・36(W)-108(T)mm/F2.8(W)-4.9(T)
・ラージ:2272×1704画素、ミドル1:1600×1200画素、ミドル2:1024×768画素、 スモール:640×480画素
・87.0×57.0×27.8mm(突起部を除く)/約185g(本体のみ)

→2007.7.30追記:キヤノン:サポート|デジタルビデオカメラ/デジタルカメラをご使用のお客さまへ
もしかしてこれに該当する故障ではないか?再生は問題ないのだが、撮影するときに波打ったような画像が液晶に表示され、撮影されない。無理にとってもその波打ったような画像が保存される。まるでCCDだけがおかしいような振舞い。
→日本に一時帰国した際に送付してみる。本当に愛機なのでこれが直ればとても嬉しい。

カシオ EXILIM Hi-ZOOM EX-V7
高倍率ズーム機には見えない薄型ボディに、屈曲光学系の7倍ズームと、同社初のセンサーシフト式手ブレ補正機能を搭載。新開発の画像処理エンジン、マニュアル露出やMPEG-4動画など、ハイアマの物欲をくすぐる装備も。

・1/2.5型720万画素CCD
・38~266mm/F3.4~5.3
・2007年2月
・幅95.5mm×高さ59.8mm×厚さ25.5mm(突起部除く、最薄部20.8mm)/約149g(電池・付属品含まず)

関連記事
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/compact/2007/01/30/5450.html http://dc.watch.impress.co.jp/cda/review/2007/02/23/5607.html
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/review/2007/03/26/5786.html http://dc.watch.impress.co.jp/static/backno/longterm2007.htm#casio

→ つまりIXY 400より暗いレンズ、広角でない。幅が8.5mm高さが2mmほど大きいが軽い。
→ これからの事を考えるとH.264で間違いない。ユーザーコメントではこれが欠点とされているが、理解不能。拡張子はmov。音声が
IMA ADPCM 44.10kHz 16Bit 2ch
なのはちょっと気にかかる
XactiのG65は拡張子はMP4で
音声はMPEG4-AAC 48.00kHz 16Bit 2ch
こちらの方が汎用性ある気がするのだが。詳しくは不明

H.264動画変換ソフト評価まとめ→ここに詳しい説明あり
更にこのWeb Siteにて暗所動画が暗いというコメントあり。恐らくXactiではC5レベルなのだろうと推測。C5→C6の室内撮影が劇的に変化したのを体験しているのでこのコメントはかなりマイナスポイント

マイクの感度が低く大音量でも割れにくい、更にステレオで音声が拾える。ピアノのコンサートでXacti-C6にて音質悪く、更に激しく音割れしたのが、EX-V7に目を向けさせられたきっかけ。逆にXactiは感度が高く小さい声などでもきちんと拾ってくれている。

Xacti-C6のファームウェアアップデートで「音声改善」という項目があり、先ずはこれを試してみた。
→2007.7.30追記:家にあるピアノを同じように演奏してもらい、ファームウェアアップデート前後で比較してみた。
→結果:劇的な改善!!ひどい音割れは殆ど気にならないレベルに、音質自体がこもりが取れてスッキリしたような音になった(FIRMWARE ver1.0.1→1.1.0)
→感想:これは本当に劇的である。上記EX-V7を考えてうんうん唸っていたのが嘘のよう。SANYOはもっと大々的にこのアップデートを宣伝すべき

キヤノン IXY DIGITAL 810 IS
大人気の手ブレ補正付きIXYの最新モデルは、8xxの型番が示すとおり素直な描画の35mmからのズームを搭載したモデル。DIGIC IIIや顔検出など、最新IXYのスタンダードを備えたほか、手ブレ補正を応用したファンタジーナイトモードを備える。

・1/2.5型800万画素CCD
・35~140mm/F2.8~5.5
・2007年6月
・90.4×56.5×26.4mm(突起部を除く)/約165g(本体のみ)

関連記事
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/compact/2007/05/17/6127.html
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/review/2007/06/11/6374.html

→IXY 400よりきもち広角、レンズの明るさは一緒。幅が3.4mm広いぐらいでほぼ同じ大きさ、若干軽い。

参考:開放F値の小さいレンズは明るいレンズになり、一般に明るいレンズの方が値段が高くなります。

決断:
CanonのIXY 810 ISに決定。同じ機種が北米ではPowerShot SD850 IS DIGITAL ELPHと呼ばれているので、サクッとこれをamazon.comで購入した。

決め手:
・Xacti C5で唯一の不満だった室内での動画撮影時に暗すぎる問題点がEX-V7では復活する気がした。この当たり、Sanyoの動画デジカメとしての歴史が物を言っている。C6はその1点のために買い足したが、本当に買って良かったと思っている。室内のそれなりに暗いところでも子供たちの様子は十分に分かるぐらいに撮れる。
・圧倒的に静止画の方が取るチャンスが多く、妻は絶対にマニュアルモードは使用しない。つまりデフォルトでも常にそれなりに使えること操作性が良いことが大切。
・Amazon.com(co.jpではない)でのユーザーの評価がEX-V7は低い。主な理由が画質であった。一般的にアメリカ人は大雑把。パッと買って、何の設定もせずにパッと撮った素直な感想がこれなのであろう。「カシオ EXILIM Hi-ZOOM EX-V7【最終回】羊の皮を被ったテクニカルモデル」という記事を見てしまうと素晴らしい写真が撮れそうだが、これは筆者の腕があってこそ。妻や私が撮ったらこうは行かないであろう。
・IXY 400を買った際も他のデジカメと比べてデフォルトでの撮影機能が高く、発色が他のより好きだった印象がぬぐいきれない。
・Xacti C6のピアノの演奏会での音割れはファームウェアアップデートに期待し、まあダメでも半年に1回以外の使用では今のところ満足しているのでOK。
→上記に書いてあるようにファームウェアアップデートで解決。しかしググっても殆ど出てこない情報がこれほどクリティカルとは、、、。
→CG65はどうなのだろうか。今手元にお土産用に買ったものがあるので、試してみようと思う。

偶然なる幸福

自分は
素晴らしいスポーツのワンシーンに感動し
成功した人生を送っている人を見て、うらやみ
自分より不幸な人を見て慰められている自分に嫌気が差す
そんな単なる俗物である。

今日asahi.comを見て二つの記事が目に付いた。

asahi.com:室内で母子3人死亡、父親は飛び降り自殺か 大阪 – 社会
asahi.com:知的障害ある息子殺害の母に懲役7年 東京地裁 – 社会

不幸な人や事件を話題にして「かわいそうに」と言うことに嫌悪感を覚え、なるべく不幸な話題には乗らないようにしている。慰められている自分に気付くのが嫌だし、話題にするだけでその人を助けようとする次の一手を自分が打たないことが殆どだからである。

しかし、今日の記事は心に納めておくにはあまりに辛い。次の一手としては余りに無責任だが、記してみる。

子供に恵まれない方々に一礼をしつつ、こう言わせてもらう事をお許しいただきたい。子を持ち、私は子供は3歳までに一生分の親孝行をするというのは本当だと実感した。子を持って親の気持ちが初めて分かるということ、「愛」という言葉の一部を理解していなかったことを実感した。

子供を愛せず虐待したり殺したり、そのような記事には不幸を感じる。その場合、心情的に子供の側に立つことが多い。しかし、愛する子供を殺すと決断したときにその気持ちたるや、いかなるものなのだろう。吐露せずにはいられないような気持ちに駆り立てられ今これを書いている。

生まれてくるとき、人は自分の親を選択できない。自らの生い立ちは出発点にて選択不能である。私は自分が幸せであることを、というか言葉どおり「単なる幸運」であったことを心の底から確信する。

新聞報道がいかに修飾されていようとも、2人の幼児と身ごもった妻を殺してから自殺した私と同じ30代の男がいる。遺体の手が組まれていた?小さな子供を自らの手で殺めて、その愛して止まない小さな手を小さな胸の上にそっと組んで置いたとでもいうのか?ありえない。演劇の中だけの話であって欲しい。読者が皆騙されていて本当は見知らぬ男の一家殺人であった方が良かったと思う。愛する家族を殺し自ら命を絶ったこの男と同じ境遇に生まれ育った時に、自分が同じ決断をしないという保障などどこにあるのか?

そして、自らの子供を殺したというこの母親、新聞報道からは推測されるのは子供を愛していたのではないかということである。もし私が知恵遅れとして生まれ、よき人にめぐり合えず、育てた子供を病気で失い、同じ知恵遅れの子を片親として育てたときに、この母親と同じ決断をしないという自信は私には湧かない。

私が彼であったかもしれない。私が彼女であったかもしれない。

たまらない。

次の一手を打たない自分がここにいていつものごとく気分が悪い。自分が少なくとも今より強く大きくなり、少なくとも身近な人々だけでも幸せな方向へ向かわせる何らかの言動を死ぬまでの数十年の間に続けたい。それが出来れば自分が棺桶に入るときに多少は自己満足できるのではないかと思う。

心より冥福をお祈りします。