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そろそろ感染する癌について一言いっておくか

癌を専門に特に最近は免疫学の側面から研究を続けてきたのでそろそろ一言いっておかねばならないかなと。

半年ほど前のこと、、、

同じ職場で働いている友人の免疫学者H氏
「癌て感染することもあるのですね。免疫の進化は主に細菌とウィルスへの対抗手段として発達し、癌は各個体で終わるから進化の淘汰圧にはならないという考え方は改めないといけないかも知れませんね。」

私「あ゛っ?」「(3秒ほど考えた後で)いや無いと思うよ、マジで。ありえない。まず、どうやってアロのバリアーを先ずクリアーするんだ?ソースは?怪しげなネットじゃなくて?とりあえずリンク送って」
(心の中で)「H氏確かに癌は非専門だけど、免疫は俺より良く知ってるし、マジ優秀なのに何言ってるんだ?無いだろ普通」

H氏「http://ghop.exblog.jp/4115367/ とりあえずこれを。」

私「やっぱりブログか、ん、しかしソースのリンクが張られているぞ、感心感心。Natureの方をクリック、、、って、リンク先切れてるし、、(日本国内からのみ有効なURLの様子)」

気を取り直してURLをいじって記事にアクセスし、ザクッと読んで見た http://www.nature.com/nature/journal/v443/n7107/full/443035a.html

私の直感は間違っていると同時に合っていた。そこにはいつもながらの「言葉」のトリックが。言葉は神であると同時に罪作りでもある。

私のEmailでのH氏への返答(2008.2.14)

「ザクッと読んだけど、本当みたいだね。しかし染色体が正常78個の染色体が58-59個になっているって、それはもう癌というよりも別生物だね、自分の感覚では。染色体分析は白血病・リンパ腫では固形癌と違ってルーチンの検査で出すのだけど、1個でも染色体欠失があるのは珍しいほう。2個欠失は本当に稀。

アロの個体同士だって99.9%ゲノムレベルでは同じだし、癌だって90%以上ゲノムレベルではホストと同一というのが何となくの感覚。だからこそホストの免疫が見逃した奴をアロが叩ける。しかし、20個染色体が平均して無くなっているって、何それの世界。アロもMHCもへったくれもないね、こりゃ。犬の免疫系をすり抜けられる犬のゲノム由来の別生物って感じかな感覚としては。

全ての犬に対してFull AlloとXenoの間のような存在だね。それこそXeno Toleranceの良い研究の系になるのでは?犬以外の種にも感染するのかな?人にはあったら、何らかのきっかけでとっくに見つかっている気がするので、多分無いと思うが。それから、この手の癌(生物?)からの対抗手段として免疫系が発達したってのも、にわかには??動物界に属する生き物で、この手の生命体の存在がどのくらい一般的なのかで大体の全体像は掴めると思う。

いやでも全く僕の知らない知見で面白いことは確か。ありがとう。」

以上は送ったまんま。別にこの話題は放置しておいのたが、今日気になるエントリ
http://blackshadow.seesaa.net/article/103592445.html
を読んでしまったので記事にした次第。

今朝の私
「進化論に関して誰か知らないがメディアに露出している怪しげな輩を叩いているらしい、感心感心、、、ってこの人も感染する癌とかエントリー書いていて、、(読んでみた)、、んー しかし感染する癌っていう表題、誤解招きやすいよなぁ。一言言っておくか」

一言言っておき、防がなければいけない風評は下記のような会話

(主婦)「Aさん癌になったんですってねぇ、大変だからお手伝いしようかと」
(知ったかぶり輩)「でも犬では癌が感染することありますから、人でも無いとは言えないかもしれません。止めておいたほうが良いのでは」

無いです。人の癌自体は感染しません。このエントリーで言いたいのはそれだけです。
その理由はH氏の返答に要約されています。

これらの一連の知見で一番罪作りなのは、この「感染する主体」に対して「癌」という言葉を使ったことです。他に良い言葉は無いですし、仕方無いのですが、私たち医師、医学研究者が人の癌と呼んでいるものからするとかけ離れたものになります。この「感染する主体」は犬のゲノム由来の新たな生き物(別種)として紹介された方が混乱が無かったようにも思います。このあたりは対象と言葉が一対一対応しないことの限界ですね。

このエントリー、特にH氏の返答部分については免疫学のベースがなるべく無くても分かるように質問に応じて説明を付け加えて分かりやすくしていこうと思います。先ずは書きそびれないように勢いのみで記載しておきます。

骨髄移植・腎臓移植と橋渡し研究(Translational Research)

うちのラボが何十年もやってきた一番のお題目、骨髄・腎臓同時移植がやっと形になり、New England Journal of Medicine (NEJM)に発表と相成った。

データ自体は何年も前からあり、何故、一流紙への発表が無いのだろうと思っていたが、内部・外部ともに色々あってそう簡単では無かった様子。これはBrief Reportなのだが、新聞には載るは、ラジオでは放送されるはで一流紙に載るか載らないかでは全く反響が違うと今更ながら再度実感。日本の新聞さえにぎわしている。

「白血球の型が完全には一致しない家族から生体腎移植を受ける患者に、臓器提供者の骨髄も一緒に移植して拒絶反応を抑えることに、米マサチューセッツ総合病院などのチームが成功した。」 とまあ要約されるとこうなるから複雑な思い。「成功した」と言えば成功例はもう何年も前に存在し発表しているし、「治療全例で100%うまくいくか」というとそんなことはなく、成功率は高いものの未だ実験的治療の段階を出ていないことは間違いない。このタイミングでニュースになるのは単にNEJM紙上に発表された以外の理由は何も無い。

学問的な知見を実際の治療へと結びつける研究は、科学を実学に翻訳(Translate)するという意味から、Translational Researchと呼ばれる。NEJMに載る載らずに関係なく、個人的にはこのラボが何十年もかけてやっているTranslational Researchとその産物であるこの治療法は素晴らしいと思っている。

腎移植を受けた患者さんは副作用のある免疫抑制剤を一生飲み続けなければならない。まだ数症例であるが、そのうちの一例に確か10代後半の女の子がいた。この子は骨髄・腎同時移植を受け、薬を飲まない状態というのを初めて味わったときに、「体の調子ってこんなに良くなるものなのだと生まれて初めて知ってとてもびっくりした」と言っていた。それが印象的であった。この治療を受けなければいわゆる普通の人生は送れなかったことは先ず間違いない。日常の様々な制限、薬の副作用、移植した腎臓の慢性拒絶。恐らくこの子は本当に運が良かったとしか言いようが無いと思う。天と地の差である。例え1人であってもこういう形で人生に影響を与えられるというのはやる気がでるものだなと思ったことを今も強く覚えている。

ハーバード大学医学部には「ハーバード大学医学部附属病院」という名の病院は無い。関連施設としての有名な附属病院が幾つもあり巨大なセンターを構成している。その中で直属と目され、最も古く、医学系全分野の治療を行っているのがマサチューセツ総合病院(Massachusetts General Hospital, 通称MGH)である。ここTransplantation Biology Research Center(移植生物学研究センター, 通称TBRC)はMGH内にあり、その名の通り「移植」というテーマに向けて様々な研究をしている。移植の基礎的な研究は元より、移植を用いて病気を治すという視点からは臓器移植による臓器機能回復と骨髄移植による癌治療の2点が柱となっている。メインのスタッフが元々免疫学者の素養が極めて高いというか免疫学を作ってきた人そのものなので、学問的な深みがあり面白い。

NEJM論文の筆頭著者である河合達郎先生は、第一にとてもバランスの取れた良い医師という印象がとても強い。TBRCへ研究留学後一度日本に戻るも再度ボストンに渡ってきて、米国医師免許を取得。現在ではMGHの移植外科医として中核をなし、日々、患者さんへの臓器移植を手がけている。また大動物を使った臓器移植の研究も精力的に行っている。科学的な目を持ちながらも常に患者さん、治療のことを考えて日々を送られており常々敬服している次第。何でも要領よく数年でこなすというタイプでは無いように感じる。10年掛けて打ち込んできた事がNEJM論文の筆頭著者ということで陽の目を浴びたわけである。とても嬉しく思う。

日本でもTranslational Researchを「橋渡し研究」と呼び、治療の現場と医学研究を相互につなぐということが現在 はやりになってきている。名前だけでなくTBRCでなされているような本当の意味でのTranslational Researchが効率良く行われるシステムを日本に作るために、いつか助力できれば幸いである。

「万能か全能か、医学と科学」を読んで

柳田先生の発信する内容はいつも感じることが多いのですが、今日はあまりに反応が強かったので散文になりますが書いてみます。

なぜ明快に書けないのか―英語医学・科学論文の診断と治療 (単行本) Lester S. King (著), 助川 尚子 (翻訳), 日野原 重明 (翻訳)
という
Why not say it clearly: A guide to scientific writing (Hardcover) by Leste S King (Author)

の訳本があります。これは科学論文を書く上での手引きとして名著だと思っていますが、絶版のようですね。価格が原著の10倍以上しているのは驚きです。確か、この本の序文に何故医者が科学論文を書くようになったのか、その歴史的経緯とひずみが端的に書かれていたのが強く記憶に残っています。医者らし い医者、医者らしい医学研究をする友人、医学とかなり乖離した研究をする医師免許を持った人々、純粋基礎研究者の友人、医者かつ医学研究者である父を持 ち、自分が現在同じ職についているという環境から、生物学という純粋科学の価値観と医学という実学の価値観に関しては常に関心を持っていました。更に研究 にはお金がかかります。

それゆえこのエントリーには反応してしまったのだと思います。人を幸せにすべく存在する医学、そのための研究であるはずの医学は生物学・分子生物学 と密接に絡み合い、評価の基準は純粋科学の評価基準と実学としての評価基準そしてビジネスとしての評価基準がない交ぜになって混沌としています。頭の良い人、流れに上手く乗ることが出来る人はその混乱の中を泳いでいきます。このあたりの混乱についてはいずれまた書きたいと思いますが、柳田先生のエントリー はそれを分かりやすく表現されています。

反応したもうひとつの理由はStem Cell Biologyでの命名についての常日頃の疑問と柳田先生のコメントが気になったからです。pluripotentは多くの系列に分化可能であるという意 味で多能性と訳され、全ての系列に分化可能という意味ではありません。全ての系列に分化可能という能力についてはtotipotentという別の言葉あ り、日本語訳は全能性です。万能性という言葉に対応する元の英語が何なのか私は知りません。

大切な仕事をした人ほど、正確な命名を心がけ、レベルが落ちる人ほどStem CellやES Cellというインパクトの強い言葉を使いたがる気がします。そういう意味でiPSというのは控えめであると同時に極めて正確な小気味良い命名だと思います。同様の命名にSRC(SCID-repopulating cell/SCIDマウスの中で再度分化・増殖する細胞)という名前を付けたJohn E. Dickという基礎研究者がいます。彼はCancer Stem Cellという今までの常識と逆の概念を初めて世に持ち出し、その後一つの分野を作った現存する偉大な研究者です。その後もStem Cellの基礎的かつ大切なBiologyを研究し続けています。彼はStem Cellという言葉を用いずSRCという言葉を用いました。山中先生と同じ空気を感じます。その後、主に固形臓器におけるStem Cellを見つけたと主張する論文、何に対してもStem Cellと名づけたがる著者達と一線を画します。

ESに関しても同じ事が言えます。私はノックアウトマウスの作成システムを研究室で立ち上げたことがあり、100%キメラでもGermline Transmissionが行かないことを経験し、分化能で最初に落ちるのは生殖細胞への分化能力であるということを身を持って体験しています。それからすると、ヒトES細胞と今呼ばれているものが、ESと呼ばれたその瞬間から「ES細胞」の定義が根本的に変わってしまったと思っています。ES細胞樹立という受精卵の内部細胞塊から樹立したライン由来の個体を作成するという技術はマウスでしか成功していません。大動物はおろか、ラットでさえ試みられては失敗しています。ヒトに関しては倫理的な問題から永遠に不可能でしょう。各臓器へのContributionがあることと一個体を再構成できる totipotentialは別個のものという認識が私の中では強く、ES細胞のみからの個体発生という最大の難関を証明していないいわゆるサルESやヒトESというのは一体何なのだろうと私は思っています。命名は大切です。サルESやヒトESは全ての臓器になりうる(と発現マーカーを持って信じている、信仰、、、)万能細胞かもしれませんが、決して全能性細胞ではありません。

山中先生の最初のCellのペーパーでは多能性、或いは各臓器にContributeできるという万能性が示されただけでした。隅から隅まで読んでもGermline transmission(iPS由来の正常な生殖細胞が作られ、その生殖細胞由来の次世代の個体が作られること)が記載されず、以前に一緒に研究していた友人と「やっぱりGermlineは難しかったんだね、もしこれが行ったら衝撃だよね」と話しているのを覚えています。そして、NatureにてGermlineに乗ったという論文が出されたわけです。これは衝撃でした。というかCancer Stem Cellと同じく、証明されていないが研究者が持っている感覚的な常識を覆したわけです。

「癌はある細胞が一定の段階にあるときに癌化し、その分化段階での形質を癌化後も維持する」という考え方が常識だったときに、シンプルに、正確に「白血病において癌化は幹細胞の段階で起きるが癌化が起きてもなお分化のプログラムを正常に進行しうる。癌の本体は癌全体の1%にも満たない特殊な癌幹細胞にある」ということを示したJohn E. Dick。Nuclear transferを見ても分かるように「Stem Cellの機能は極めて可逆化し辛く、多くの遺伝子による複雑な制御を受けてる」という考え方を皆何となく感じているときに「4個の遺伝子(今では3個)を皮膚の分化済み細胞に入れることにより全能性が得られる」という肌で感じる常識を覆した山中氏。

山中先生の研究がCellのペーパーに論文化される数年前かThe International Society for Stem Cell Research (ISCCR)で超飛び切りの話題になった時から友人と「これもお金になる特許やら実用の面では米国にやられるのでは」と話していました。NatureでGerm Line Transmissionを示す段階で追いつかれました。物凄いスピードです。柳田先生のコメントにもそのあたりを意識したコメントが散見されます。資源の無い日本、世界有数の教育レベルを保ち、頭を使いそれをお金に換える努力が必要です。山中先生の仕事はそこに直結します。その辺りの周辺状況、柳田先生のエントリーを見る限り、今までよりは随分良いようで少し安心した次第です。

日本人などが大切な分野でトップを走り始めたときに、追い上げ抜かして制覇しようとする外国勢特に米国のそれは凄いものがあります。近年では坂口志文先生のregulatory T cellがその良い例です。直接お話したときに「Biologyをやりたかったが、何らかの遺伝子を取らない限り分野そのものを持っていかれてしまう」という話を聞いたときには坂口先生という人は凄いなと思いました。その後、坂口先生はTregにFoxP3ありきを示し、クローニングしたわけではありませんが、その分野の第一人者であることを実力で認めさせたように思います。アメリカの中心であるNIHにいる名前は出しませんが、Tregの第一人者とされている人が以前は出さなかった坂口先生の名前を必ず発表のイントロに入れるようになったそうです。

何でもブームがあります。少し前は遺伝子治療がその名前の下に大きなお金が流れ、現在は再生医療です。結構わけの分からない研究に多くのお金が落ちていると聞きます。遺伝子治療はヒトでの失敗(ベクター由来の癌の発生、遺伝子導入効率のマウスに比べての異様な悪さ)で多くの人が撤退しました。山中研究の面白いところはその基盤に遺伝子操作が必須であるところです。臨床応用という華やかな舞台から、ベクターの作成という極めて地味な所まで、撤退したことにより時流に敏感な多くの人は研究を止めました。ここHarvard界隈でも遺伝子治療の研究室は現在は一つもないと聞きます。ファッションに流されず地道に研究を続けていた人たちに山中先生の発見で陽が再度当たることになるでしょう。これもまた小気味良い気がします。

今後もこの分野は目が話せません。是非全てが良い方向に向かうように願っています。

論理的思考と人間の脳(logical thinking and human brain)

つい先日5才になった息子は初めて補助輪無しの自転車乗りを味わった。私は「左によろけたら右に、右によろけたら左に体重を移動させるのだぞ」と教え「ほら左に、ほら右に」と声をかけた。いつもは補助輪ありで全速力でニコニコしながら漕いでいる息子も、何ともうまくいかず不満そうな顔をした。

登 大遊@筑波大学情報学類の SoftEther VPN 日記

論理的思考の放棄

ITmedia News:Googleは機械翻訳を変革する

Googleがサイトで提供している翻訳サービスでは、膨大なデータの蓄積に基づいて翻訳を行わせる「統計的機械翻訳」手法を採用している。

私が補助輪無しの自転車を息子に教えようとしてうまくいかなかったことと、この二つのエントリーは共通する部分があるように私には感じた。

僕らが自転車に乗るとき、同じシチュエーションになることはありえない。同じ道を走っていても、日の照り方、歩行者の数と量、ありとあらゆる環境が異なる。何故うまく乗れるのか?私たちはSF映画の中に出てくるロボットのように経路と走行法を逐次、頭の中で総計算しているわけではない。過去の似たような状況の複合体記憶のゆれの中から現状のインプットを加えることにより少々ずらし、うまくいくであろうという筋肉の動きを体にアウトプット(指令)している。ここには論理的な計算は無く、例を挙げるとしたらシミュレーションに近い。しかもシミュレータの中身は論理的なプログラムではなく単純化された近似式で出来ている。それゆえ、異常なほどのスピードで正しい判断(アウトプット)ができるのである。登さんのエントリーの読者に反射という言葉を使っている方がいたが、この表現を「かすっている」と私は感じた。というのは「反射」は生物学的には均一のアウトプットを出すものであるが、人の脳はインプットに対応して「ずれた」反射を返せるからである。自転車乗りに限らず人の頭を介するほぼ全てのインプットとアウトプットはこのような過程を踏んでいる。

機械翻訳はかなり前から行われてきた。機械翻訳を単語という「要素」と文法という「プログラム」で組み立てようと初期の人は考えた。ところが、全くうまく行かない。論理的なアルゴリズムに基づいた翻訳は”Time flies like an arrow.”を「時間という名のハエは矢が好きだ」と「光陰矢のごとし」の後者が合っているということを分かる仕組みが組み込めない。どちらも文法的に全くあっているからである。話しは大きくなり、それでは人間の脳が持っている能力そのものが無ければ、文章の背景が分からず正確な翻訳など無理ではないか?即ち、機械翻訳はAI(人工知能)とほぼ同一のものを目指すしかないのではないかという流れが出てきた。GoogleがやろうとしていることはAIは大変すぎるが、要素とプログラム以上のものを速やかに産みだそうとしているように見える。これも機械翻訳をデータ領域とコード領域という論理的な区分けを便利に感じるようなコンピュータ側からみたものから、人間の脳の働き方にあわせたもの、つまり状況や生活背景を加味し状況にあわせてズレを感じながら過去に出力したものを軽く変更しながら出力しようというものである。

プロの翻訳家は同じ事をしている。単語や文法ではなく一連の文や節を保管してあり、同じ状況に出会ったときには僅かに言い回しを変えながら、そのままの文を使うのである。そこには論理は無く「何故なし」なのである。それゆえ「主語の単語がどれで、動詞はこう訳し」という作業は入らない。文章がかたまりとしてインプットされており、それを状況に応じて少しずらして出力するのである。手間は圧倒的に少ない。私たち両親はベタな日本人であるが、5歳になる息子は1才半からアメリカに住んでいるため家でも9割が英語である。母国語では無いため、私は単語と文法を基に頭の中で日本語から英語に翻訳する。しかし、それとは異なり彼の間違い方をみると単語も文法も無く、文章が音の塊として彼なりの構造でインプットされ、話すときにはそれをずらしてアウトプットされているのが分かり面白い。私よりはるかに流暢で正しい英語を話す。

下記のコメント「かすっているな」と感じた。かすっているというか、感覚的には分かっていつつ明文化、一般化できていなかったというところか。面白いので一つ一つ追っていきたい。

群雄割拠の地平線: 論理的に思考するな。感覚的思考上で論理計算せよ。

ちなみに、一人で完結する場合にもコーディングする以上、どこかで論理的な記述に変換が発生する筈だとも思えるが、実際はそうじゃない。慣れさえすればパターン化された抽象的記憶から自動的に、辞書を引くように、ひたすら単純作業で完結する。

上記で述べたことをこの方はプログラミングという場で表現している。しかし辞書を引いた場合には同じ結果しか返らないが、この方も単純作業とは言いつつも実際には状況にあわせて微妙に記憶から出てきたものに変化を加えて実際にはアウトプットしている。作業の方法が脳の特性に似ている。

Strange Currencies

「仕事」というのは、恐らく9割程度は他の仕事と反復している。でないと、それは仕事とは呼べない。完全に1回きりの行為というのは、恐らく何か別のものだろう。反復と言わずに、再現性だとか、構造化といった言葉を使った方が正確かもしれない。

同感。自転車を乗るときの筋肉の使い方はいつも9割9分は同じである。同じく恐らく全く新しい思考というものはありえない。何を考えるにしても、過去の経験の複合体から得られた出力候補の残りの1%程度を微妙に変化させることによって、目の前の状況に対応している。そこにいわゆるロジック(論理)は存在しない。

ありさわDS – 論理的思考の放棄の話

登さんが言っていることって、その高みに達しろってことだ。と思う。

「高みに達する」これもなかなか言い得て妙である。確かに多くの人がそう感じたかと。しかし登さんが言いたかったことは恐らく「その高みに達するのにせよAという考え方はやめてBという考え方にしたほうが良いよ」ということでは。言うならば「論理」という言葉が持つイメージは現在強調されすぎているので、そのイメージは全く無視するぐらいに振舞った方が良いというメッセージかと。

まったり日記&メモ帳

職人というイメージがこんなものなの

「職人」言葉の響きが「論理」と相反していることに今さら気付き面白い。現在、職人芸を形式知まで落とし込もうというプロジェクトが国家事業として行われているが、果たしてうまく行くのだろうか?人間の脳のバックアップはやはり人間の脳が最適の様に私には思えるが。

論理的思考を放棄するスーパープログラマーとモーツァルト – 永井孝尚のMM21 [ITmedia オルタナティブ・ブログ]

登さんがご自身の暗黙知を分かり易く形式知にして伝えていただければ、上記の観点で見てもこれは非常に価値があることだと思います。楽しみに待ちたいですね。

論理的でない頭の中の動きを論理的である形式知に落とし込むというのは逆説的だが、それをもってもなお同感である。私は登さんの「論理的に考えないこと」というメッセージを「行動や思考回路をなるべく本来人間の脳が持つ特性に合わせる」ことと受取ったが、どうだったのだろうか。今後の登さんのエントリーに注目したい。

息子にどう自転車を教えるべきだったのか。「左に傾いたから右!」などという「論理」は恐らく彼の上達を妨げたであろう。かるく補助しながら補助輪無しでひたすら走らせるなど、彼の中での自転車走行の経験(データベース)をなるべく増やしてやり、うまく行ったと きに「その感覚を忘れないように」と一言言うだけで良かったのではないか。私は自分自身にも「左に傾いたから右!」と掛け声をかけているのだろうか。しばらくのあいだ、自問してみることとしたい。

HSC Expansion, 造血幹細胞増幅

2003年時点での記憶なので今や少々古い情報かもしれないがまとめておく
遺伝子導入したHSCでの増幅はaNotch1, BCR/ABL, RBP-Jk, HoxB4があったように思う。
が、殆ど癌化遺伝子なのであまり興味は無いし臨床応用も先ず不可能。

そうなるとexogenous factorということになる。

少々脱線して何故こんなことを調べたかというと、ノックアウトマウスの表現形レスキューにretrovirusで遺伝子をHSCに導入しようと思い、5-FU法やその他簡単かと思ったがそうでもない。元細胞がコンディショナルノックアウトマウス由来だとするとB6マウスを10匹さばいて、、、のように大量にHSCを取ることも出来ない。

そんなときに調べたのがきっかけで結局次のペーパーとなった。要はaFGF-1でHSCを増幅してretrovirusで遺伝子導入してやろうというもの。

Hematopoietic stem cells expanded by fibroblast growth factor-1 are excellent targets for retrovirus-mediated gene delivery. Exp Hematol 2005;33(12):1459-69

で、元となった論文は
In vitro generation of long-term repopulating hematopoietic stem cells by fibroblast growth factor-1. Dev Cell 2003;4(2):241-51

その頃、遺伝子導入ではなく外から振りかけてHSC増幅できるものはWnt3aとHoxB4があったが、purificationが難しい、実験の再現が取れないという話があった。実際にWnt3aはBCL2-Tgではなく通常のB6でのHSC増幅(なぜかSupplemental Data)は再現が取れないと本人が認めているといううわさもあり、某製薬会社でも再現取れなかったとの事。

Wnt3a:
A role for Wnt signalling in self-renewal of haematopoietic stem cells. Nature 2003;423(6938):409-14

HoxB4:
Ex vivo expansion of human hematopoietic stem cells by direct delivery of the HOXB4 homeoprotein. Nat Med 2003;9(11):1423-7

In vitro expansion of hematopoietic stem cells by recombinant TAT-HOXB4 protein. Nat Med 2003;9(11):1428-32

ところがaFGF1ならInvitrogenでお安く簡単に入手できる。何よりDevelopmental Cellのデータがかなり凄いことになっていた。せいぜい数倍から数十倍というのが上記の名高いJournalに載った論文のデータだったが、それよりも遥かに良くExpandしているように見えた。

で、実験してみると驚くほどに良く増えた。一緒に実験した同僚は縁あってこの元論文の研究室への就職が決まってヨーロッパに戻った。ヒトのHSCでも試しているとのことで、うまく行きはしないかと期待している。

今日先輩に紹介してもらった論文ではzebrafishのFGFがヒト細胞に効果的らしい、もしかして使えないか?
Feeder-independent culture of human embryonic stem cells. Nat Methods 2006;3(8):637-646

そもそも数倍や数十倍ならば臨床の現場では有用とは言いがたいように思うが、数千、数万倍ということになると話は別である。色々妄想は膨らむ。どうなることやら、楽しみな分野の一つである。

手元にある論文を引く

手元に論文があるときに、それをPubmedで検索するには
2003[dp] 18[vol] 713[page]
と入力すれば大抵十分に絞られ、後はタイトルを見れば何を探していたか分かります。

伝えたいことはTitle, Author, Journal名などは控えなくても良いと言うこと、出版年度とVolume, 開始Page番号さえ正確に控えておけば電子媒体にはすぐにアクセスできるということです。

Titleの一部を入れたり、Authorを入れたりと面倒なことをしているのをちょくちょく見かけるので記載しようと思いました。ちなみにページ番号が1万を大きく超えた場合は開始ページ番号だけで十分。どうせJBCかPNASあたりと相場が決まっている。
15553[page]
だけでOK。

ちなみにWeb BrowserでSleipnirを使っているのであれば
ツール>Sleipnirオプション>検索>検索エンジン>「検索エンジンリスト」という記載と同じ列の右側の「New」アイコンをクリック>名前は「Pubmed」など適当に付けて>「先頭」の欄に下記をペースト

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Search&db=PubMed&term=

これでSleipnirの検索欄から直接論文が簡単に引けるようになります。

上記URL中のqueryをquerydと一文字追加するだけで携帯電話用のサイトに飛ぶことになり、更に動きが軽快になります。RonbunXへの登録、私のようなWebスピード狂にはもってこい。

ちなみにSleipnirで全部キーボードで操作したい場合は
[Alt]+[S], 検索語句入力, [Tab], [P], [Enter]
で引けます。[P]ですぐにPubmed出てこない場合は続けて[P]を何度か押せば出てきます。